読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Habitmaker

自由だから、いろいろ試そう。

大宮とミラン 家長と本田 それぞれの運命

f:id:habitmaker:20160311124119j:plain

f:id:habitmaker:20160311124123j:plain

大宮駅に来た時にこのポスターがあった。「支配しろ、家永。」

大宮アルディージャの背番号41、家長昭博(いえながあきひろ)。アルディージャの中心選手である。

www.ardija.co.jp

2014年に大宮アルディージャに移籍するも、クラブはJ2降格の屈辱を味わう。J1のガンバ大阪やヴィッセル神戸からのオファーがあったが、それを蹴って大宮残留を決意。2015年、主力として活躍しJ2優勝を成し遂げ、クラブのわずか1シーズンでのJ1復帰に多大に貢献した。

家永が大宮の主力であることが分かるポスター↓

f:id:habitmaker:20160403090620p:plain

家永を応援するとき、かならずこの記事と本田圭佑(ほんだけいすけ)を思う。

www.footballchannel.jp

f:id:habitmaker:20160403092228p:plain

家長と本田は同期で、奇しくも誕生日まで同じ (1986/06/13)。
家永はガンバ大阪ユース(クラブの育成組織)に入れたが、本田は入れず星稜高校に行くことになる。

(上の記事より引用)
「それまで圭佑のことは知らなかったし、圭佑が来たときのことも、正直、あまり印象に残っていないんですよ。というのも、圭佑と同い年にアキ(家長)がおりましたから。アキは小学生の頃から名が知れ渡っていて、大阪の指導者仲間はみんな『家長はすごい』と騒いでいて、ガンバとしても『なんとしてでも家長を獲れ』という話をしていた。
一方、圭佑はまったく噂に上がっていなかった。


(ユース時代の本田について)
「パスを出しても動かない。パス&ゴーの基本ができんのです。原因は、体力面や持久力にあって、すぐバテてしまうし、走るのも遅かった。その点でほかの選手よりも明らかに劣っていて、それが最後まで改善されなかった。

アキも決して走れる選手ではなかったんやけど、スルーパスは出せるし、ドリブルでも簡単に2~3人剥がせる、なんでもできる選手やった。でも、圭佑は基本的にパサーで、そこまで剥がすこともできなかった」


家長と本田の仲が悪かったことは有名。

(本田について)「ユースに昇格できなかったのは、相当悔しい出来事だったはずです。いつも『俺は家長に負けてない』と言っていたからね。


(同じガンバ大阪ユース出身、本田の後輩、安田理大選手のブログより)
家長昭博との喧嘩なんてしょっちゅう見ていました。 まるでマウンテンゴリラ対ジャイアントゴリラです。

blog.lirionet.jp


本田圭佑は2010〜2013年まで、世界一流とは言い難いロシアリーグのCSKA(チェスカ)・モスクワでプレーし、雌伏(しふく)の時を過ごした。
本田は今、イタリアセリエAの世界的名門クラブ、ミランの背番号10を着ける。

f:id:habitmaker:20160403091432p:plain

『あの圭佑が、まさかここまでの選手になるとはねぇ』と驚いてますよ」と微笑む上野山は、「ここまでの選手」になれた要因として、目標を設定し、それに向けて何をすべきかを考える力と、強いメンタリティの2点を挙げた。
「ガンバにいた頃、持久力やスタミナで見劣りしたけど、サッカーがとことん好きで、相当な負けず嫌いで、夢や目標をしっかり抱いていたのも確かです。それは圭佑と会話をしたときに感じましたよね。ユースに昇格できなかったときも、次のステージを考えて、すぐに、『星稜に行きたい』と言ってきましたからね」


家長と本田、2人の選手は、ともにそれぞれの場所で挫折を味わい、しかし全力を尽くして結果を残してきた。

2人のキャリアは比べられるものではない。ともに一流選手だ。

大宮とミラノ。2つの遠く離れた都市で、二人は今何を思う。

あわせて読みたい人気記事

広告を非表示にする